冠夏輝 / インタビュー
作品タイトル:「傾」

私は冠夏輝さんに出会うまで「書」というものにほとんど馴染みがありませんでした。
私の中で書といえば篠田桃紅のような方が思い浮かぶくらいで、庶民の私には手の届かないものだと思い込んでいた節もあります。
去年の秋頃だったか、突然冠さんがMATOYAに訪れ「書をやってます」と言われた時、書という言葉に一瞬理解が追いつかなかったくらいです。
それほど書というものに馴染みがなかった私ですが、最初は写真で見た冠さんのしみ跡のような作品にとても惹かれ、実際に冠さんの墨を見た時には墨の美しさに気付かされました。
冠さんは現在28歳という若さですが、最も驚いたのは書を描き始めてまだ3年弱ということ。
文字を書くことは好きだったようですが、専門的に何かを学んだわけではないということにとても親近感を覚えました。
そしてそんな彼がなぜ書を始めようと思い、どんな思いで書いているのかを知るため、私の興味本位でインタビューさせていただきました。
● Q:今展のタイトル「陰の草葉」とはどういった意味ですか?
冠:毎日散歩してる松林の森林公園があるんですが、葉と葉が重なって、上の葉が下の葉に影として映る景色が綺麗だなと思ったところから、そういったタイトルを思いつきました。
個展では自分の日常で体感したことをテーマにすることが多くて、感覚的に綺麗だなと思うことを大切にしています。それは人の意図が入っていない自然や風景に対して感じることが多いです。僕の中ではそういった何気なく目にする綺麗なものがとても重要なんです。
● Q:書を始めたきっかけは何ですか?
冠:自分の内側を吐き出すように紙に文字をたくさん書き始めたのがきっかけです。自分と向き合ってる時に出てきたものが、僕の場合「文字」だったという感覚。最初はネガティブな感情を漢字一文字で書いていて、その時たまたま持っていた水墨画の画材を使っていました。
M:内側を吐き出すというのは、ストレスを発散するように文字を書いていたんですか?
冠:そうではなくて、感情的な文字を書くことでスッキリするということはなかったです。
M:そうなんですね。子供の頃から文字を書くことは好きだったんですか?
冠:特にそういった記憶はないです。僕にとっては文字を書いた時点でその感情はどうでも良くなっていて、自然とその文字の形そのものに興味が移っていきました。
そしてノートに同じ文字を形を変えて繰り返し書き、その文字の好きな形を探していましたね。自分の中で良い形の文字が書けると、それを壁に貼ったりしていました。
M:面白いですね。冠さんは彫刻や石が好きだと言っていましたが、潜在的に文字が好きだったというよりは、形が気になっていたんですね。
25歳で書を始める前はどういったものに興味があったんですか?
冠:彫刻以外にも工芸や美術など色々見てましたね。でも書は見ていなかったです。
● Q:柿渋でキャンバスを染めたり墨に混ぜたりしていますが、何故柿渋だったんですか?
冠:まだ書を始める前ですが、うちわを買ったんですよね。それが柿渋で染められた上に墨で模様が描かれていたんです。その柿渋と墨の色の相性とバランスが感覚的にすごく良いなと思ったんです。
最初は布を柿渋で染めてから墨で文字を書いていたんですが、ある日柿渋の染め液が残ったので、試しに墨と混ぜてみたんです。
そうしたら墨がどろっとした質感になり、それで文字を書いてみると筆跡や墨が固形化してひび割れする感じが、普通の墨で書くのと全く違って面白かったんです。
M:確かに冠さんの墨は固形化することで奥行きを感じるし、色も青っぽくなったりグラデーションが綺麗ですよね。作品はキャンバスを染めた柿渋のムラ感も相まって古いものを見ているようです。
冠:柿渋は日に当てることで、色が出てくる特性があるので、いつも作品を数日間は天日干ししています。そうすると墨がモヤッとする感じになるというか、色に深みもでてきます。
作品タイトル 左:「私」 右:「私」

● Q:墨で書く作品の他に柿渋を脱色しているものがありますが、これは何がきっかけだったんですか?
冠:当初は型染めっぽいことを、文字を書くという行為で試してみたかったんです。
型染め用の防染糊を筆に付けて書き、周りを染めてみるなどしてみたんですが、上手くいかなかったんです。糊の粘度が高くてサッと文字を書けないので、意識的に文字の形を作りにいってしまうんですよね。
そうやって色々考えてる時だったんですが、雨の中自転車で実家に帰る途中、水たまりを踏んで泥や油がその時履いていた白いリネンのパンツに跳ねたんです。どうしようと焦っていたところ、母親がこの脱色剤を付けて洗濯すれば汚れが取れるよと教えてくれたので試してみました。
そうすると僕が想像していたよりも色が抜けてしまって失敗したと落ち込んでいたんですが、ふとこれで文字を書いたらどうなるだろうと思いキャンバスの裏地のリネンで試したのがきっかけです。
M:洗濯のトラブルがきっかけだったとは面白いです。そうやって日常での気づきが作品に繋がっていくんですね。脱色剤はどういったものを使用しているんですか?
冠:そうですね。脱色剤は母親が勧めてくれた環境への負荷が少ないものをそのまま使用しています。
作品タイトル:「不立」

● Q:冠さんの書は「はらい」のような筆跡がなく、文字全体が滑らかで柔らかな印象を受けます。文字を書く時に意識していることはありますか?
冠:そういった滑らか、柔らかさは意識したことがなかったです。
書く時は意識しないようにしているかもしれません。
少し質問の内容と逸れますが、僕が美しいと思うものは、落ちている石や葉、自然の中での景色であったり、古い壁のヒビやシミの跡を直感的に綺麗だと思う瞬間です。
共通しているのは、こうなろうと思ってなっていないもの、自然となってしまったもの。先ほどの話でいうと、意識が入ってないもの。
言葉では説明できない、言葉になる手前の直感的な美しさが、僕にとっては最も強度が高く、重要な感覚です。そういった感覚になる文字を書きたいと思っていますが、意識してできるものではないです。
書いた文字を気に入らなかった時、上下逆さにして、その形が直感的に良いと思ったら、それで完成とすることが多いのは、そういった感覚があるからなんだと思います。
M:冠さんに森林公園でライブドローイングをしてもらった際、その直前にノートに鉛筆で文字を繰り返し書かれていたのが印象的でした。普段からそういった書き方をしているんですか?
冠:そうですね。選んだ文字の形をいろいろと鉛筆で書き、何パターンか決めた形を、そこから紙に墨で書いていき、形を決めていきます。
結局キャンバスに書くときは思い通りにならないことも多く、思い通りになったからといってそれが良い作品になるとは限らないです。あとは自然任せなみたいなところもあるかもしれません。
M:書というと和紙に書くイメージがありますが、なぜキャンバスなんですか?
冠:僕の書き方は筆を何往復もさせたり、力を強く入れたりするので、和紙だと強度的に結構もろいんですよね。あとは自然な流れだったんですが、和紙に書かなきゃいけないという考えにならなかったんです。
絵を描く様な感覚で、キャンバスを選んだんだと思います。そもそも当初から今でもそうなんですが、僕自身が書道をしているという感覚も特にありません。
● Q:文字を決める基準はありますか?
冠:今自分が考えてることだったり、散歩しながら綺麗だなと思ったもの、 例えばそれが植物だったらその植物を調べたりとかですね。
僕は散歩してる時に色々考えたりすることが多くて、散歩しながら独り言で考えていることを喋ったりするんですが、そういった時にふと気になった文字とかを書いたりもします。
最近だと本を読んでて気になる文字の形があるとすぐに書いたりします。だから読書が全く進まないっていうか…
M:今回の展示は「不立」や「土面」など禅から引用している言葉もありますが、今は禅に興味があるんですか?
冠:興味はあるんですが、今回はたまたまマトヤさんとミーティングした時に、マトヤさんから禅の話があって、僕もその時たまたま禅の本読んでいたので、それから少し展示に向けて意識したんですが、特別禅に傾倒しているわけではないです。不立や土面も文字の形として面白いと思ったので書きました。
M:今展で一番大きな作品を「傾」に選んだのも文字として気になったんですか?
冠:そうですね。確か本を読んでて気になって、すぐ鉛筆で形を決めていったと思うんですけど、傾は上下逆さにしたらすごく形が良かったのと、最近は上下逆さにして形が良い文字に自然と惹かれています。
でも今聞かれて思ったんですが、ここ数ヶ月調子が良くない時が続いていました。
僕は自分っていうのが何重にもある感じがしていて、表面的には大丈夫なんだけど、自分の中でレイヤーになってるものが内側でどんどん沈んでいってる感覚というか、それが続くと何もできなくなっちゃうんです。生きてるのか死んでるの分からないような感覚がたまにあるっていうか…
そういった中で「傾」っていう言葉は自然と引っかかったのかもしれません。
作品タイトル:左から「線」「音」「傾」「片方」「土面」「根」
“ 陰の草葉 “
地を見上げ
落葉を眺める
草葉の陰から見つめる私は
光に照らされ
幾重にも重なり
脈をうつ
◼︎LOOKBOOK|Natsuki Kamori
◼︎ライブドローイング|Natsuki Kamori
◼︎Photo|Kana Kurata
◼︎Natsuki Kamori Solo Exhibition
「影の草葉」
2024/10/19 sat — 10/27 sun